多くの命を奪う凶行へ、なぜ突き進んだのか。動機や背景など犯行に至る被告の心の闇を、しっかりと解明しなくてはならない。

 36人が死亡し、32人が重軽傷を負った2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件で5日、殺人罪などに問われた青葉真司被告の裁判員裁判の審理が京都地裁で始まった。

 事件で重度のやけどを負った青葉被告の回復を待つなどで事件から4年余りたち、平成以降最多の犠牲者を出した殺人事件の公判がようやく動き出した。

 「なぜあのような事件を起こしたのか」という被害者や遺族の疑問に対し、被告は心の内を正直に語ってもらいたい。

 検察側冒頭陳述や起訴状によると、被告は、社員ら70人がいた京都市伏見区の京アニ第1スタジオに侵入し、1階で社員や周辺にガソリンを浴びせ「死ね」と怒鳴りながらライターで放火した。

 被告は「私がしたことに間違いありません。こうするしかないと思った」と起訴内容を認めた。「こんなにたくさんの人が亡くなるとは思わなかった。現在はやり過ぎと思っている」とも述べた。

 しかし謝罪の言葉はなく、傍聴した遺族は、納得できなかったに違いない。

 最大の争点は、被告の責任能力の有無だと指摘される。

 検察側、弁護側双方とも事件の背景に被告の妄想があったとする点では一致している。

 検察側は、妄想に支配された犯行ではなく完全責任能力はあったと主張。一方的に恨みを募らせ、筋違いの恨みによる復讐(ふくしゅう)とした。

 一方、弁護側は精神障害の影響で刑事責任を問えない心神喪失の状態だったとし無罪を主張した。有罪でも心神耗弱の状態で、刑を減軽するべきだと訴えた。

 過去の重大事件でも事件当時の精神状態を判断する難しさは常に課題になっている。犯行の決意が被告の人格によるものなのか、妄想に支配されたものか、判断が注目される。

 公判は来年1月25日の判決まで143日間に及び、裁判員裁判としては異例の長期審理となる。

 通常なら検察、弁護側がそれぞれ1回だけの冒頭陳述を、事実関係と責任能力、量刑判断に分けて計3回行う。テーマごとにしたのは、裁判員が検討しやすくする狙いとみられ、理にかなうものだ。

 被害者の一部は匿名での審理となった。公正な裁判を保障するために憲法は公開の原則を定めているが、遺族それぞれの考えを尊重してのことだろう。

 識者は、被告は事件当時かなり追い詰められた心理状態だったと推察している。

 なぜ追い詰められたのか。悲劇を繰り返さないように、凶行を食い止めるための教訓も裁判を通じて見つけねばならない。