菊と桜があしらわれた振り袖の女性が、歩みを止めて後ろを振り向く。菱川師宣の肉筆画「見返り美人図」は華やかな元禄文化を今に伝える。浮世絵の名作として令和の世も輝きを放つ

▼見返りには文字通りの意味のほかに、金品を保証や代償として差し出すことも指す。相手の行為に応えて何かをすることにも使われる。何よりも利害関係や損得勘定を優先するニュアンスがにじむ

▼「人に親切にするのに見返りを求めては駄目。あなたもまたお返しができない親切をこれからたくさん受けるんですから」。英国のダイアナ元皇太子妃は生前、こんな言葉を残した。誰の心にも潜む打算をたしなめている

▼ついつい見返りのそろばんをはじいてしまう身には彼女の至言が突き刺さる。消費者のお得感をくすぐるポイントの類いも見返りの一種といえようか。ポイント集めも度が過ぎると、無駄遣いの種になりかねない

▼税制を通じた地域貢献をうたい文句に始まったふるさと納税にしても、いつしか返礼品という見返りばかりがクローズアップされるようになった。専用サイトも活況を呈しているという。生まれた自治体や好きな街への応援という本来の理念がかすんではいないか

▼「好事を行いて前程を問う勿(なか)れ」とのことわざがある。見返りや報酬をあてにした善行を戒めている。師宣の浮世絵も、もしモデルが見返りの欲にとらわれた人物だったとしたら-。「浮世絵の祖」と称される絵師の筆をもってしても、あでやかには描けまい。

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