納税の仕組みが大きく変わり、多くの事業者に影響を及ぼすことになる。混乱を防ぐため国は複雑な制度を丁寧に説明し、零細事業者らが不利益を被らぬよう対策に万全を期してもらいたい。

 消費税のインボイス(適格請求書)制度が10月に始まる。事業者間の取引で売り手が買い手に、品目ごとの正確な消費税率や税額を伝える請求書だ。

 これを発行できるのは課税事業者だけで、年間売上高が1千万円以下の免税事業者が発行するには、税務署に登録して課税事業者に転換する必要がある。

 免税事業者のままでいることもできるが、発注元は原則として、免税事業者からの仕入れにかかった消費税額を差し引いて国に納税することができなくなる。

 このため発注元から取引を敬遠されたり、消費税額相当分の値引きを迫られたりする恐れがある。

 立場が弱い零細事業者やフリーランスは制度の中止、延期を訴えてきた。インターネットで集めた反対署名が54万筆を超えたことを政府は重く受け止めるべきだ。

 取引中止をちらつかせてインボイス発行や値引きを迫るといった行為は、独占禁止法や下請法に違反する恐れがある。

 公正取引委員会は独禁法違反の恐れのある事例に、これまで35件の注意を行っている。引き続き厳しい監視を求めたい。

 一方、課税事業者になると、新たに年間数十万円の税負担が生じる場合がある。財務省の過去の試算によると、免税事業者全てが課税転換すると税収が約2500億円増えるという。

 「実質的な増税だ」との指摘もある。消費税の納付義務が免除され、ぎりぎりの稼ぎで生計を立ててきた零細事業者には重い負担となるに違いない。

 個人事業主は発行の事務作業にも労力を割かれることになる。発注元の経理業務も煩雑になる。

 制度の円滑な実施に向け、政府は29日、初の関係閣僚会議を開いた。岸田文雄首相は10月中にまとめる経済対策に必要な支援策を盛り込むよう指示した。

 既存の負担軽減の特例措置についての広報や相談体制を強化する案が浮上している。追加の支援策は限定的にとどまる見通しで、抜本的な見直しには程遠い。

 制度開始が2日後に迫ってからの初会合とは遅すぎる。泥縄式の対応と言わざるを得ず、零細事業者の不安を理解しているようには到底思えない。

 任意の制度参加を巡って悩んでいる人は多い。15日時点で課税事業者への転換申請は約111万件あるが、財務省が推計した約160万件を下回っている。

 人手不足や長時間労働、資材高騰など小規模事業者を取り巻く環境は厳しい。政府は必要に応じて制度を見直すことが求められる。