時給931円。この10月からの本県の最低賃金である。昨年より41円、4・6%増えたから、まずまずかと思う人もいるかもしれない
▼海外に目を移すと、米カリフォルニア州のファストフード業界は最低賃金を来春20ドルに引き上げる。日本円なら時給は約3千円。ハンバーガー店で8時間働けば、日給2万4千円。「この落差は何?」と口をとがらせたくなる
▼円安が止まらない。昨年10月以来、1ドルがまた150円を超えた。75円だった2011年から、円の価値は半分になった。世界での円の実力を示す実質実効為替レートは、ほぼ半世紀前の低さ。国民1人当たりの国内総生産(GDP)は、韓国や台湾にも追い越されそうな状況だ
▼円安で値上げが続き、庶民の生活は苦しいばかり。そんな中、笑顔が戻ってきたのは、外国人客を迎える観光業界だ。8月の訪日客は215万人で、ウイルス禍前の19年同月比の85%まで急回復している
▼日本の自然や伝統文化、和食などの魅力は世界に浸透してきた。それでこの国を訪ねる人が増えたならうれしいが、相対的な物価が安いから旅先に選ばれているという見方もある
▼「本当は日本にとって、悲しいことなのだ」。経済学者の野口悠紀雄さんは新刊「プア・ジャパン」で、訪日客急増は国力低下の一断面だと嘆く。客人を思う細やかな心づかいが「おもてなし精神」だ。なのに今は円安によるバーゲンが、訪日客へのおもてなしになっているなんて。ちょっと物悲しい行楽の秋である。