あの日起きた悲劇を、日本で暮らす私たちも忘れてはならない。安全な社会を実現することが、犠牲になった多くの若者たちに報いることだと肝に銘じたい。

 韓国ソウルの繁華街、梨泰院(イテウォン)で起きた雑踏事故は、29日で発生から1年となる。

 ハロウィーンを前に集まった若者らが、混雑した幅約3メートルの狭い坂道で折り重なるように倒れ、159人が亡くなった。

 外国人26人も含まれ、留学していた当時18歳と26歳の日本人女性2人も命を落とした。

 日本人留学生の父親は今も「娘を失った悲しみはずっと変わらない」と語る。癒えない心の傷の深さは察するに余りある。

 事故発生前から「圧死しそうだ」と訴える通報が相次いだにもかかわらず、警察や自治体は適切な対応をしなかった。

 業務上過失致死傷などの罪で地元警察署長や区長らが起訴されたが、より高位の当局者が責任を取るよう求める声が今もある。

 韓国警察庁の特別捜査本部は今年1月、事故は警察や行政が安全対策を怠ったことで起きた「人災」だったと結論付けた。

 注目したいのは、人出が多くなることを関係機関が認識し、事故を予見できたのに適切に対策しなかったと指摘された点だ。

 韓国では昨年が、新型コロナウイルス対策の規制解除後初めてのハロウィーンで、警察は10万人以上が集まると予測した。

 事故の恐れがありながら、統一した主催者がいないことを理由に、警察や自治体は通行規制などの安全計画を立てなかった。

 自然発生的に群衆が密集する「主催者なき行事」に対処する難しさが露呈したと言えよう。

 韓国では事故後、監視カメラや人工知能(AI)を活用し、人混みを自動感知する雑踏警備システムが構築された。最新技術を使った再発防止策の導入が進む。

 だが、システムはあくまで補助的に位置付けるべきだ。重要なのは、システムを活用して、人が適切に危険性を判断し、対処することだと認識したい。

 ハロウィーンに伴う雑踏事故の危険性は日本にもある。

 東京都渋谷区では、ハロウィーンの人出がピークだった2019年は、約4万人が夜の路上にあふれた。18年には軽トラックが横倒しにされる事件も起きている。

 今年は新型ウイルス感染症の5類移行もあり、6万人が渋谷に集まる可能性があるという。

 渋谷区長はハロウィーン目的での来訪に自粛を求め、路上飲酒は禁止すると訴えている。危機感を強めるのは分かる。

 福岡市は混雑が懸念される公園の夜間封鎖を決めた。

 人混み中で不測の事態が起きれば惨事につながりかねない。一人一人が気を付けて行動したい。