理由を明らかにせず逮捕することは許されない。中国に住む邦人の間に不安が広がるのは当然だ。一日も早く解放されるよう日本政府には、これまで以上の外交努力が求められる。

 北京市でアステラス製薬の日本人男性社員がスパイ容疑で拘束されていた事件で、中国当局は男性を正式に逮捕した。

 逮捕により起訴するかどうかの審査まで最長7カ月間かかる。日本政府は引き続き解放を求めるものの拘束の長期化は必至だ。

 男性は3月に「反スパイ法と刑法に違反した」として国家安全当局に拘束された。

 逮捕後に中国外務省は「中国は法治国家であり、法に基づいて事件を処理する」と述べた。法治国家なら、どの行為が法に抵触したかなど逮捕理由を説明すべきだ。

 2014年に施行された反スパイ法は今年7月に改正され、一層締め付けが厳しくなった。

 現地の邦人には、当局による反スパイ法の恣意(しい)的な運用への不安が強まり、透明性の確保を求める声が出ている。

 しかし中国国家安全省は、全国民にスパイに関する情報の密告を奨励するなど、強硬姿勢を改める気配はない。

 日本外務省によると、15年5月以降、邦人17人が拘束され、今年10月時点で5人が中国国内にとどめられている。

 民間企業などによる両国の経済協力関係は切り離せないほど密接になったが、反スパイ法などのため停滞が懸念される。

 中国に進出している日系企業などでつくる中国日本商会が会員企業に行ったアンケートでは、「今年の投資はしない」「前年より投資額を減らす」と消極的な回答が半数近くに上った。

 日中平和友好条約発効から45年の節目の年に、善隣友好をうたった条約の精神はかすんでいると言わざるを得ない。

 日中両国の団体が8~9月に実施した共同世論調査では、中国の印象が「良くない」と答えた日本人は92・2%に上り、前年よりも対中感情は悪化した。

 日中関係を「悪い」と感じている日本人は「どちらかと言えば」を含めて68・4%で、前年より12・2ポイントも増加した。

 識者は「中国を訪れる日本人はさらに減るだろう」と見通し、中国渡航を自粛する動きが今後広がる可能性もある。

 両国の間には、東京電力福島第1原発の処理水や沖縄県・尖閣諸島を巡る問題なども横たわる。

 岸田文雄首相が、21年10月の政権発足後に習近平国家主席と会談したのは1回だけだ。あまりにも少ないと言えよう。

 課題があるからこそ対話は欠かせない。冷え込んだ関係が修復されるよう話し合える環境づくりに力を注ぐことが必要だ。