物価高克服へサプライズを演出し、指導力をアピールする戦略は裏目に出た。減税策は、解散と露骨に結びついた場当たり的な支持率回復策だと見透かされた。
岸田文雄首相が年内の衆院解散・総選挙を断念する意向を固めた。経済対策を優先しながら、政権の立て直しを図る。
背景には、物価高対策で示した減税策が批判を浴び、内閣支持率が急落したことがある。
首相は9日、年内の解散見送りについて問われ「まずは経済対策、先送りできない課題一つ一つに一意専心取り組む」と述べた。
減税策は首相と側近がひそかに練った起死回生の一手だったが、防衛増税方針とのちぐはぐさもあり、思惑が外れたと言える。
支持率が回復したとしても、物価高への対策が急がれる中で、民意を問うのに値する明確な大義を見いだせたかは疑問だ。
衆院解散は首相の専権事項と呼ばれるが、政権に有利なタイミングで恣意(しい)的に解散できると問題視する意見がある。乱用は許されず、慎重な判断が必須だ。
5月の先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)後、首相はタイミングを探り、6月の通常国会会期末に解散をちらつかせたが、支持率が頭打ちで見送った。
9月には内閣改造・自民党役員人事で刷新を図ったものの、政権浮揚効果は得られなかった。
今月3~5日に、減税策などの経済対策を受けて共同通信が行った世論調査で、内閣支持率は28・3%となった。3割を切るのは自民が政権復帰した12年以降初めてで、じり貧状態が続く。
減税策や給付が盛り込まれた今回の経済対策については「評価しない」が62・5%に上った。
経済対策と言いながら、政局優先の首相の姿勢を感じ取った国民が多いということだろう。
理解に苦しむのは、減税策で首相が「国民に還元する」としていた過去の税収増分について、鈴木俊一財務相が使用済みで残っていないと明らかにしたことだ。
鈴木氏は税収増分は「政策的経費や国債の償還に既に充てられてきた」と述べた。還元の元手はそもそもなかったとし、減税策の前提を覆す内容だ。
党税制調査会幹部は減税策の検討段階で首相に再考を促したというが、首相が真剣に受け止めた様子はうかがえない。
浮かび上がるのは、「聞く力」を強調した就任当初とは変容した首相の姿だ。
来年9月の党総裁再選に向け、首相は年明け以降の解散時期を模索することになる。党内で拡大する不満を封じられなければ「岸田降ろし」が始まりかねない。
批判や懸念に真剣に耳を傾け、国民に届くメッセージを発信できなくては、首相に対する求心力の低下が避けられない。
