表現の自由を重くみた判決だ。製作者が萎縮や忖度(そんたく)することなく、自由に表現活動ができることを改めて示した点で意義がある。
薬物使用事件で有罪が確定した俳優の出演を理由に、映画への助成金を交付しなかった文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」(芸文振)の処分の妥当性が争われた訴訟で、最高裁は不交付処分を違法と判断した。
芸術文化作品への公的な助成の在り方に、最高裁が初判断を下した。原告の映画製作会社側の逆転勝訴が確定した。
判決は、交付の拒否が広く行われれば、「表現行為の内容に萎縮的な影響が及ぶ可能性があり、憲法に基づく表現の自由の保障の趣旨に照らしても看過しがたい」と指摘した。
原告側は、表現の自由に踏み込んだ判決を「画期的だ」と評価した。判決は芸術の多様性維持にもつながるだろう。
映画は2019年9月公開の「宮本から君へ」で、完成した同3月に出演者のピエール瀧さんが逮捕され、7月に執行猶予付き有罪判決が確定した。
製作会社によると、19年3月に助成金1千万円の交付が内定したが、瀧さんの逮捕後、芸文振側から助成金の辞退または出演場面の編集を求められた。
拒否・抗議すると、有罪確定後、「公益性の観点から適当ではない」と不交付決定が通知された。
訴訟は助成金不交付が、公益に照らし妥当かどうかが争われた。
一審は、交付により国が薬物に寛容と受け止められるとは認められないとして、不交付は違法と判断。二審は違法薬物の乱用防止の観点から適法とした。
最高裁は、交付しても薬物使用者が増加する根拠は見当たらないとし、「薬物乱用の防止という公益が害される具体的な危険があるとは言いがたい」とした。
不交付にする場合に考慮すべき枠組みを示したと言える。
芸文振は判決をしっかりと受け止め、今後は助成金の意義を適切に判断してもらいたい。
公益性が拡大解釈されたり、恣意(しい)的な解釈が行われたりすることは、検閲につながるとも指摘される。映画製作に際して必要以上に忖度が働き、過剰反応で現場が萎縮する恐れもある。
歌舞伎俳優の市川猿之助被告が自殺ほう助容疑で逮捕された際にはNHKが、有料ネットで出演作品の配信を停止したが、多くの利用者から「作品に罪はない」との批判が寄せられ、撤回した。
出演者が罪を犯しても罪を償うのは本人であり、作品自体は尊重されるべきだとの考えが浸透してきたとみることもできる。
一方、罪の社会的重大性が作品自体に影響を与えることはある。芸術的観点から個々の作品を判断する姿勢が求められる。
