罪なき多くの人々が戦火に追われる一方、自国が保有する強大な核戦力を背景に独裁的指導者が国際社会をあからさまに威嚇する言葉を連ねている。

 こうした中で唯一の戦争被爆国である日本が見つめなければならないのは、広島と長崎の悲劇は二度と繰り返さないという原点だろう。

 だが現実には、首相経験者をはじめとする政治家から国是といえる非核三原則を否定するような発言が相次ぐ。憂慮の念が膨らむばかりだ。

 ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領が核兵器の脅威を訴え、どう喝的な言動を繰り返している。

 先月24日の演説では核保有国だと強調し、「ロシアに干渉したり脅威を与えたりする者は歴史上、前例のない結末を迎えることになる」と述べた。

 さらに27日には、北大西洋条約機構(NATO)側からロシアへの「攻撃的発言」を理由に戦略核を運用する部隊を「特別態勢」に置き、警戒を強化するよう国防相らに命じた。

 ウクライナ侵攻を非難し、制裁を加える米欧をけん制する狙いがあるとみられるが、到底許されるものではない。

 脅しにすぎないとの見方もある。しかし戦闘は続き、不測の事態も懸念される。警戒を怠ってはならない。

 これに関連し、国内でも看過できないことがある。自民党や日本維新の会から核抑止力の保有を検討すべきだとの声が出始めているのだ。

 安倍晋三元首相は27日のテレビ番組で、NATO加盟国の一部が採用している「核共有」政策について日本でも議論すべきだと提起した。米国の核兵器を自国領土内に配備して共同運用するものだ。

 安倍氏はロシアのウクライナ侵攻を踏まえ「世界の安全がどのように守られているのか。現実の議論をタブー視してはならない」と述べた。

 だが、核共有政策は、核兵器を「持たず」「つくらず」「持ち込ませず」とした非核三原則に反するのは明らかだ。戦争放棄と戦力不保持を定めた憲法9条との整合性も問われる。

 岸田文雄首相は安倍氏の発言について「非核三原則を堅持するわが国の立場から認められない」「政府として議論は考えていない」と国会で否定した。被爆国の首相として当然だ。

 首相は被爆地広島が地元であり、「核兵器のない世界」実現を訴えてきた。今後もぶれずにその姿勢を保ってほしい。

 理解しがたいのは、非核三原則が時代遅れとでもいうような指摘まで出たことだ。

 維新代表の松井一郎大阪市長は核共有についての議論は当然だとし、「核を持っている国が戦争を仕掛けているんだから。昭和の価値観のまま令和もいくのか」と語った。

 幾多の犠牲と悲劇を生んだ被爆の悲劇に根差す三原則を「昭和の価値観」と片付ける。そんな乱暴な議論が勢いづくことを強く危ぶむ。