国民の反対を押し切って現行の保険証を廃止すれば混乱は避けられない。政府は見切り発車せず、慎重に対応する必要がある。

 政府は、トラブルが相次いだマイナンバーカードの総点検結果などを受け、現行の健康保険証について来年12月2日に新規発行を停止し、廃止する方針だ。

 廃止後は、マイナカードを使ったマイナ保険証に一本化する。

 総点検結果では、対象の計約8208万件のうち他人のマイナンバーをひも付ける誤登録は8351件で、全体の0・01%だった。

 岸田文雄首相は「まずは一度、国民にマイナ保険証を使っていただき、より質の高い医療などメリットを感じていただけるよう利用促進に取り組む」と述べた。

 政府はメリットとして、データに基づく適切な治療法の選択や過剰な投薬防止などを挙げる。

 しかし現状では、マイナ保険証のメリットは医療機関にさえ十分に伝わっているとはいえない。

 厚生労働省の調査では、マイナ保険証を使うシステムがある892病院のうち、患者情報を閲覧する仕組みを「活用している」のは30%程度だった。

 活用しているとした病院も、患者にとってのメリットについては「特にない・分からない」との回答が約半数に上る。

 マイナ保険証の登録は7100万枚を超えたが、最大2万円がもらえる「マイナポイント」目当ての人も多く、利用率は低い。10月は4・49%で、6カ月連続で低下した。マイナ保険証に対する国民の拒否感の強さがうかがえる。

 共同通信社が今月実施した世論調査で、現行の健康保険証を来年秋に廃止する政府方針に対し、「撤回するべきだ」と「延期するべきだ」は計73・1%に上った。

 医療機関を受診する機会が多い高年層ほど反対が強く、国民の理解は広がっていない。

 マイナ保険証を読み取るカードリーダーが正常に動かず顔認証できなかったり、保険加入資格が無効と表示されたりする事例も全国各地で相次いでいる。

 医療関係者からは、このまま保険証を廃止すれば患者や医療機関の混乱を招くとの指摘もある。

 政府は「より良い医療を受けられる」と強調している。だが、高齢化で膨張し続ける医療費を抑えたい思惑が透ける。

 今回の総点検は対象が専用サイト「マイナポータル」で閲覧できる情報に限られ、国税関連などひも付けられている他の情報は対象外だった。誤登録が漏れなく洗い出されたわけではなく、なお問題が残されている可能性はある。

 医療分野のデジタル化は必要だとはいえ、拙速ではいけない。

 高齢者や障害者をはじめデジタル弱者への対応にも知恵を絞り、国民の理解と信頼を得ながら丁寧に進めるべきだ。