能登半島地震で集落が孤立し、何日も水すら満足に飲めなかった人々は多かった。支援者からもらったコップの水を口にした途端、高齢の男性は「ありがとう」とむせび泣いた。あのニュース映像が忘れられない
▼小寒から大寒を経て、立春前日までは寒の内だ。一年で最も凍えるこの時季の水を「寒の水」という。雑菌が繁殖しにくい清らかな冷水は霊的で、長寿にもつながるとされる
▼〈焼跡に透きとほりけり寒の水〉石田波郷。終戦後の焦土に残った水道管から滴がしたたっていたのか。荒涼とした中で目にした水は透明感が際立っていたのだろう。石川県輪島市では地震による火災で多くの建物が焼け、ライフラインは壊滅状態だ。一方で、寒波で給水車のパイプが凍り付くこともあった
▼寒の入りから9日目の水は「寒九の水」と称され、酒造りなどで珍重される。五泉市の菅名岳の「寒九の水くみ」が有名だ。ただ今年は一般参加は募らず、地元酒蔵の3人で清水をくんだ。昨年、水くみ行事の準備で山に入った仲間が雪崩の犠牲になった。友を思い、今年は内輪で行ったという
▼酒蔵の近藤伸一さん(74)は、寒九の水で仕込みができることに感謝しながら、能登杜氏(とうじ)で知られる奥能登の酒蔵を心配する。「とても寒仕込みどころでないようだ。どんなに切ないことか」
▼寒中の天災は北国ではさらにむごい。あって当たり前だった水や電気が一瞬で失われる。被災地に思いを寄せ続けたい。それが支援の輪を広げる呼び水になる。