ドナルド・キーンさんは、本県と縁の深い日本文学研究の権威だった。定番の質問を何千回も受けた。「日本語は難しいでしょう」「俳句を理解できますか」「刺し身は食べますか」…。珍問答を著書「日本人の質問」で振り返っている
▼その中に「日本に来たころ一番驚いたのは」がある。答えはこの言葉だった。「失礼いたしました」。全く失礼していないのに、あらゆる場面で使える便利なあいさつだ。この一言に日本人の礼儀正しさと独特な曖昧文化を見いだしたようだ
▼2011年の東日本大震災後、日本国籍を取得した。当時1千万人もいなかった訪日外国人旅行者は、キーンさんが96歳で亡くなる19年には3千万人以上になった。ウイルス禍を経て昨年は19年の8割にまで回復し、消費額は過去最高だったようだ
▼米大手旅行誌の昨年の人気投票で、日本はイタリアやスペインを抑え「最も魅力的な国」に選ばれた。円安も追い風になって、日本観光のブームが世界に広がっている
▼岸田文雄首相は先の施政方針演説で6年後に訪日客をほぼ倍増させ、消費額も3倍にする目標を掲げた。一方で訪日客の大都市集中や観光公害なども懸念される。「失礼いたしました」では済まない難題も相次ぎそうだ
▼先述の「一番驚いたこと」について、キーンさんは「国が違えど人と人の間に何の壁もないことが身にしみて分かったこと」と結論づけた。観光で大切なのは経済もさることながら、友好を結ぶことだ。彼はこう教えてくれた。