ロシア側が示した待避先の大半は安全な土地とは言い難い。ロシアはウクライナとの合意を重く受け止め、市民の安全な待避を実現させるべきだ。

 ウクライナの市民が攻撃にさらされることなく、安全な土地へ速やかに待避できることが保障されなければ「人道」の名に値しない。

 ロシアによるウクライナへの侵攻で、交戦を一時的にやめる「人道回廊」が初めて設けられ、激戦地の東部スムイから多数の市民がバスで約150キロ南方のポルタワへ移動した。

 人道回廊は3日の停戦交渉で両国が合意し、8日にロシア側が5カ所を一方的に発表した。

 しかし待避が実現したのはスムイのルートだけだ。

 ロシア軍が包囲し、連日市街地が攻撃され続けている南東部マリウポリや東部ハリコフ、首都キエフなどからの4カ所については、ウクライナ側が反発している。

 ウクライナ国内への移動だったスムイと違い、4カ所は待避先がロシアや侵攻に協力したベラルーシに設定されている。

 自国に侵攻し、多くの市民を殺害している相手国に待避するのでは安全とは言えまい。

 仮に多くの市民がロシア側に避難すれば、ロシアのプロパガンダに利用される恐れもある。ウクライナ側の反発は当然だ。

 ウクライナでは攻撃が続いていることに加え、食料や水、生活物資も届きにくくなっている。待避を先延ばしにすれば、市民生活が危機に陥る。

 ロシア軍が住宅や学校、病院といった施設への攻撃を繰り返していることも看過できない。

 ウクライナ当局によると、200を超える学校や30以上の病院が攻撃を受けて破壊されるなどした。人口密集地の施設を標的にし、市民を精神的に追い込む狙いもあるのだろう。

 国連によると、ウクライナから周辺国に避難した人は既に173万人超に上っている。

 米国防総省は、ロシア軍はウクライナ軍の反撃で都市部制圧に手間取り、進軍の遅れを挽回するかのようにミサイルや砲撃を浴びせていると指摘する。

 ミサイルや砲撃がさらに多用されれば民間人が無差別に犠牲になるリスクが一層高まる。

 ウクライナの人々を戦場となった市街地から安心できる場所へ待避させることは急務だ。

 ただ待避には不安もある。ロシアは2016年、内戦に介入したシリアの北部アレッポで人道回廊を提案した後、激しい攻撃を加え、多数の市民を巻き添えにして制圧した。

 今回、ウクライナでも同様の展開が起こるのではないかとの懸念が浮上しているのだ。

 ロシアのラブロフ外相とウクライナのクレバ外相による侵攻後初の会談が、10日に両国と良好な関係にあるトルコで予定されている。

 侵攻ではロシア軍も多数の兵士が命を落とした。双方の犠牲をこれ以上増やさぬように、両国には全面停戦に向けた真摯(しんし)な対話を望みたい。