きのうは二十四節気の雨水だった。降る雪が雨に変わり、雪解けが始まる季節である。雪解けにまつわる言葉はいくつかある
▼「雪しろ」といえば、川に流れ出した雪解け水のこと。「雪滴(ゆきしずく)」は緩んだ雪からしたたる水だろう。「雪解風(ゆきげかぜ)」は早春に吹き、雪消えを促す暖かな風をいう。いずれも春の季語になっている。〈切株の生きて紅(こう)さす雪解風〉岸田稚魚。切られてもなお伸びようとする木が雪の下から姿を現したのだろうか
▼季節の移り変わりを実感する時季のはずだが、そもそも今冬は雪が少ない。拙宅の周囲の本格的な除雪は今のところ1回で済んでいる。とはいえ、冬らしくない冬に頭を抱える人も多い。先日来、ため息を漏らす人々の声が紙面に載っている
▼魚沼市の小出スキー場は土が露出した斜面がある。今月は主力である学校授業の受け入れが続くといい、担当者は「2月いっぱいもてばいいが…」と気をもんでいる
▼行政から除雪を請け負う業者は大打撃を受けた。稼働時間が基準に満たなくても待機料は支払われるが、売り上げ減をカバーするには程遠い。担当者は「会社全体の利益を圧迫してしまう」とうめく。冬を彩る雪関連イベントも、中止や規模縮小が目立つ
▼誰もが「ほどほどの冬がいい」と願うが、少雪に泣かされる年があれば、ドカ雪に脅かされる年もあるのが実情だ。気象エッセイストの倉嶋厚さんは「天気や気候に中庸の美徳を期待し過ぎてはいけない」と書いていた。分かってはいるのだけれど。