佐渡市の繁華街の近くを歩いていると、暗闇に走り去るムジナの後ろ姿が見えた。両津地区にすみつく野良猫ならぬ野良ムジナだ

▼佐渡ではタヌキをムジナと呼ぶ。金山が栄えた江戸時代、越後から買い入れて放したという。皮を取り、製錬の過程で使う送風機の材料にするためだ。金山最盛期には大量に必要とされ、その後姿を消したともいわれたが、再び増えて田畑を荒らす“害獣”とされた。最近は車の配線をかじり、故障させる犯人と目されている

▼金山が佐渡にもたらしたものは数多い。佐渡奉行が能楽師を伴い来島したことで、庶民も能を舞うようになったことはよく知られる。京都や大阪で人気だった人形芝居も伝わり、定着した

▼佐渡金山は17世紀、世界最大級の生産量と高い品質を誇った。原初的な手法にもかかわらず、純度は99%超。採掘、製錬、鋳造といった工程だけでなく、測量や道具の製作など、各種分野の高度な技術を全国から集まった専門家が支えた

▼江戸期の相川の人口は5万とも10万ともいわれる。産業革命発祥の地である英マンチェスターの18世紀後半の推定人口は約3万~4万人。これと比べても相川は大きな街だった。その食糧供給のために開かれた多くの田畑が今も残る

▼「佐渡島の金山」は今年、世界文化遺産登録へ大きく歩を進める。四半世紀にわたり奔走した先人の努力が結実しようとしている。多様な文化の起源や価値を再認識する機会にしたい。街の野良ムジナも島の歴史の証人なのだ。

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