文章の達人の手にかかると、おにぎりの味わいはこうなる。〈嚙(か)み心地がいい。ねばりがグキグキとしてバネがある。いい固さで、ほのかに甘いな。それになんともいえない香りがある〉
▼口にしたのは「塩むすび」である。とっておきのコメを塩だけで握り、あえて冷ましてからいただく。嵐山光三郎さんの連作短編集「頰っぺた落とし う、うまい!」から引いた。キュキュッと握ったおにぎりのように、ごはんのうまさを凝縮したような文章だ
▼それにしても、ごはんの粘りを「バネがある」とは。確かに粒がしっかりしたご飯は、かみしめた時に歯を押し戻すような弾力がある。的確で、なおかつ味わい深い表現に舌を巻く
▼「つやがある」「もちもちした」など、ごはんの味や食感の表現は数多い。こうした言葉を定義しようと、国の研究機関と民間企業が共同で“ごはん用語辞書”を作ろうと取り組んでいる
▼あいまいなまま使われる表現に基準を設けることで、生産者や流通現場が伝えたい「ごはんの個性」を正確に消費者に届けることが狙いという。作家の表現とは目指すところが違うのだろうが、統一された基準でおいしさを説明してもらえれば消費者としてはありがたい
▼味覚の表現に基準を設ける取り組みは、ワインなどで定着しているようだ。日本穀物検定協会による2023年産米の食味ランキングは、猛暑などの影響で最高評価の県産米は1銘柄だけだった。いま一度、明確な言葉でその魅力を消費者に伝えたい。