将棋の世界では「三つの礼」が重んじられている。始まりの礼と対局を振り返った後の終わりの礼、そして自らの敗北を認める「負けの礼」である
▼相手に己の負けを宣言する点が面白い。先日、新潟市中央区で指された棋王戦第3局でも、伊藤匠七段が藤井聡太棋王に頭を下げた。負けの礼をするのはプロ棋士とて例外ではない
▼負けから学ぶ姿勢を現代の日本人は失いつつあるのではないでしょうか-。日本将棋連盟のホームページのコラムが問いかける。弱さを受け入れ、屈辱を糧に次の一歩を踏み出す。将棋は逆境を乗り越える力を養う競技ともいえる
▼人間に匹敵するか、それ以上の棋力を持ちながらも人工知能(AI)は往生際が悪いようである。「どんなに長引いても構わないので、人間からすると試合を引き延ばしているようにも見える」。元棋士でAI研究者の飯田弘之氏は指摘する
▼万策尽きた後も、延々と長考を続ける姿が思い浮かぶ。将棋は基本的に、どちらかが負けを認めなければ終わらない。「万能」と称されるAIも、潔さを身に付けるのは無理なのだろうか。もっとも、棋士たちはそんなAIを使って研さんを積んでいるのだけれど
▼棋王戦の第1局は持将棋(引き分け)となった。藤井棋王の持将棋は公式戦では初めてという。高度な応酬を繰り返しても勝敗を決するには至らなかった。17日に迫った第4局は藤井棋王がタイトル防衛に王手をかけた一戦だ。己の弱さを認めるのは、どちらになるのだろう。