平成初期、新潟県には光があった。新幹線、港湾、高速道路、空港。有力政治家の力添えもあって網羅したインフラを武器に、県は日本海軸の拠点を目指した。だが、当時の計画や構想の多くが実現を見ないまま、色を失った。どこが転換点だったのか-。長期企画「政治はどこへ」の「色あせた『日本海軸』」シリーズとして、県勢停滞の岐路と今後の課題を探る。

<1>空港乗り入れ好機逸し
[新幹線・上]頼みの綱消え延伸失速

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<2>空港利用低迷で「凍結」
[新幹線・下]群馬熱視線も採算性が壁

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<3>工業基地構想実現せず
[港湾・上]「田中頼み」の姿勢一因か

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<4>戦略欠き集荷量頭打ち
[港湾・下]国を動かす議員も弱体化

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<5>県北の悲願、開通見えず
[日東道・上]縦貫道で最後の切れ目に

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<6>公共事業への逆風直撃
[日東道・下]震災後に着手も進捗3割

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<7>経済交流の推進 幻想に
[シンクタンク]対岸と関係冷却、30年で幕

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<8>技術集積都市の夢半ば
[テクノポリス]産学連携の推進に成果も

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<9>滑走路3千メートルほど遠く
[空港]リーダー不在 県勢も低迷

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[インタビュー]元新潟県知事・金子清氏
県と経済界の協力鍵に

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番外編[翻弄される鉄路~ほくほく線開業25年]<上>

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