別れの涙が年間で最も流されるのは、卒業や退職が重なる3月だろう。この時期になると思い出す。島根県隠岐諸島の海(あ)士(ま)町(ちょう)の高校で披露される歌がある。童謡「故郷(ふるさと)」の替え歌だ
▼岡山県を中心とした地域を取材エリアにする、山陽新聞が7年前に紹介していた。〈うさぎ追いしかの山〉で知られるあの歌は、生地を離れて懸命に生きる地方の人々を長年励まし、慰めてきた。遊び回った山や小川を懐かしみ、父母の体調を気遣う
▼その3番は〈志を果たして いつの日にか帰らん…〉。島の高校では「志を果たして」を「志を果たしに」と歌う。「て」を「に」に1字替えただけ。元の歌は「志」を都会で実現し、郷土に錦を飾ろうとするようなイメージがある
▼だが〈志を果たしに〉と変えると意味は一変する。親元を離れた若者が都会で学び、職場で苦労しながら生涯の「志」を立てる。夢や希望を実現するため、なじみの生地へ帰ろうと願う姿が浮かぶ
▼本県の人口は2030年にも200万人を割りそうだ。毎年2万を超える人が減る。県内の大学や専門学校卒業生の半数近くが県外に流出する。他県に出た本県出身学生らのUターン就職率はわずか3割程度という
▼海士町の高校では、今年も卒業生59人が住民らを前に替え歌を披露した。地元では飲み会の定番ソングでもあるという。都会に出た人の多くは、いずれ帰ってくるのだろうか。本県でもそんな意識を持った若者が増えるといい。故郷でも「志」は実現できるはずだ。