トントン、デデン。春の夜、佐渡で車を走らせるとあちこちからこんな音が聞こえてくる。鬼太鼓の稽古の音だ。祭りの多い4、5月は鬼太鼓のシーズン。特に島開きの4月15日は40近い集落が鬼太鼓を奉納する

▼本番が迫るこの時期、集落によっては稽古が週5回に及ぶ。高校時代の先輩が後輩に教えたり、90代のベテランが孫より若い青年を見守ったり。新型ウイルス禍で中断した集落も、昨年までに多くは復活したといい、伝統をつなぐ力は強い

▼ただ、足元の継承はやや心もとない。比喩的な意味ではなく、鬼の足元を支えるわらじのことだ。かつては家々で作られていたが、今はネット通販で島外から買う集落もある

▼高齢化で作り手が減り、原料の稲わらも確保しにくくなった。現代のコンバインによる刈り取りでは、収穫時に稲の茎を細かく刻むことが多い。農家の負担軽減の面では喜ばしいが、わら製品の材料としては使えない

▼有形、無形の伝統文化を取り巻く資材は、全国的にも入手が難しくなっている。国は、茅(かや)やヒノキなどを育てる森林の所有者を支援している。国宝や重要文化財の建物を修復する際、スムーズに資材が供給される環境を維持するためだ

▼時代の流れで、やむを得ない変化もある。それでも佐渡のある集落は鬼太鼓の裾野を守ろうと材料を準備し、わらじ作りを再開させた。地元産のわらじは、同じ風土で育まれた文化と相性がいいのだろう。激しく舞い踊る鬼に「丈夫ではきやすい」と好評という。

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