春らんまんといえば、この国の主役は桜だろうか。古くは「花」といえばこの花を指した。桜前線は春到来に重ねられ、開花すれば宣言が出る。咲き具合から満開、散り際までその動静が注目される
▼千両役者にあやかるように頭に「桜」を冠する食べ物は多い。タイ、マス、エビ、貝、餅、鍋、湯…。では「桜飯」は? すぐに答えられる人は少ないかもしれない。手元の辞書には、しょうゆと酒で味付けした「茶飯」などとある
▼茶飯のほかに、タコ飯や桜の塩漬けを交ぜたご飯もそう呼ぶようだ。本県ゆかりのもう一品がある。大根のみそ漬けを刻んで入れた炊き込みご飯だ。司馬遼太郎が小説「峠」で、この桜飯を紹介している
▼1868年、新政府軍が長岡藩に迫る。砲声とどろく危急の場で、主人公の家老、河井継之助は朝食に桜飯を4杯も食べた。その色合いからか、司馬は「長岡藩の家中では一般に『桜飯』といった」と書いている
▼桜飯といえば華やかさを連想するが、茶飯やみそ漬け飯からは逆に質素な暮らしぶりが伝わってくる。「春は越後だなあ」。継之助が人生最後のこの季節に、花々を自分に重ねて従者に語る場面が「峠」にある。桜や桃が咲き競う信濃川の土手道だ
▼継之助は土手脇の小さな溝を指さす。「桜を見るひとがあっても足もとの芹(せり)の花には気づかぬ」。桜を見上げ、春たけなわをみんなで堪能できるのは楽しい。ただ、大勢や流行に乗るばかりでは寂しい。足元の小さな命の輝きにも敏感でいたい。