3人の子どもを育てた新潟市の女性が新聞に投稿していた。この春、ついに末っ子も就職して家を出て「心の大きな穴を見つめている」という。春は子離れを余儀なくされる季節でもある

▼著しい喪失感は「空の巣症候群」とも言われる。新潟日報のデータベースによると、言葉として最初に紙面に登場したのは30年前だ。子どもが巣立った寂しさで、しばらくは大きな人形を抱えて寝ていたという母親の話だった

▼高校野球を母親目線で描いた小説「アルプス席の母」(早見和真著)は、そんな親の悲哀が差し込まれた物語でもある。シングルマザーの主人公は、特待生として野球強豪校に進学する一人息子と一緒に、神奈川から大阪へ引っ越しを決める

▼息子が入寮する直前には「今日までの当たり前が明日から当たり前じゃなくなる」と泣き続け、息子にあきれられる。同じ境遇のママ友と「母性愛ばっかりで自我がないみたいな女、ホンマ嫌い」と話しつつ、息子のことでジタバタする現実に「ダサいよね、私たち」と卑下し合う

▼子離れも親離れもさらりと乗り越える親子関係もある。家族の在り方はさまざまだが、子どもと一緒に過ごせる時間は一生のうちでそう長くはないと、子育てを終える頃に気付き、うろたえる親も結構いるのでは

▼小説の母親は、野球を通して人間的に成長していく息子の姿に「これからが面白い」と思えるようになる。子どもに置き去りにされないように、そんな心持ちで上手に子離れができるといい。

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