勤め帰りに時たま、スーパーの総菜売り場に寄る。芋コロッケにきんぴら、タケノコの煮物。どれもおいしそう。人気があるのは、夕方になると3割、5割引きとなる刺し身コーナーだ

▼割引シールを持った店員さんがやって来ると、お客がわらわらと集まり出す。お目当てにシールが貼られた途端、一斉に手が伸びる。百人一首のようだ

▼江戸時代にも、総菜を販売する「煮売り屋」があったという。宮本紀子さんの時代小説「はるいわし」は江戸で煮売り屋を営むおかみ、お雅(まさ)が主人公だ。お雅には、悩みがあった。長屋を管理する「差配(さはい)」のおじいさんが、総菜を買いに来る女性たちに説教するのだ。「女房だろ、母親だろ、なぜ自分でつくらない」。現代でもありそうな話だ

▼そんな折、差配の家では妻が病で倒れ、食事の支度がままならなくなる。日ごろの言動がたたり、長屋のおかみさん連中は助けてくれない。お雅を頼ることもできない。「たかが煮炊き」とばかにした家事の大変さを、差配は身をもって知ることになる

▼春の夜は肌寒い。見かねたお雅は滋養のあるイワシでつみれ汁を作って差し入れ、こう話す。店に並ぶ総菜を見たお客は、ほっとした表情になるのだと。雑事に疲れた時、人の作ってくれたものはそれだけでごちそうだ。総菜を求めるのに男も女もない。つみれ汁をみんなですする場面は温かい

▼老いが深まり、料理ができなくなる日は誰にもやって来る。食は命をつなぐもの。感謝の念を忘れずにいたい。

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