数ある呼び名は、主に悪臭系と女性系に分かれるという。前者はヘクサムシ、ヘクサンボ、ヘップリムシ…。後者はアネサ、ヒメコムシ、ジョロムシ…。県内だけでも多種多様。すべてカメムシのことである
▼あの臭い。悪臭系の名前は納得いくが、女性系とはこれいかに。民俗学者の野本寛一さんは嫌われ者への「ほめ殺しの呪術とみられる」と解説するが、女性にとっては心外だろう
▼その嫌われ者が全国的に大量発生し、各地で注意報が発令されている。本県での発令はないが、5月としては例年より多いという。夏の産卵期を経てさらに増える恐れがある。猛暑も予想される。農家にとって多難な夏にならないことを願う
▼大量発生は昨秋に餌となるスギやヒノキの実が多かったことと、暖冬が影響しているようだ。そもそも害虫として存在感が高まったのは、戦後に針葉樹の造林で増殖源が増えた上、旧農業基本法に基づき果樹栽培が盛んになったためだとされる(野澤雅美「カメムシ」)。人間の営みが促したものである
▼カメムシは刺激を受けなければ強い臭いを発しない。臭いは仲間同士のサインの役割もあるが、外敵から身を守る効用が大きい。種の保存のため、小さな体で必死なのだ
▼県内も含めて伝承がある。「イイアネサ、イイアネサ」「オヒメサン、オヒメサン」。こうした女性系の呼び名を唱えながらつかむと、臭いを発しないという。冗談のような話が各地に伝わる。そんなふうに共存できればいいのだけれど。