県展の入賞作品を本紙紙面で鑑賞しながら考えた。作者はいったいどうやって芸術の勉強をされたのだろう

▼その画家は日本人が書き残したものを読むことから始めたという。現存する最古の歌集「万葉集」。華やかな宮廷を舞台にした「源氏物語」。幽玄な能を確立した世阿弥の「風姿花伝」。旅に生きた松尾芭蕉の俳句

▼そして鎌倉時代の禅僧、道元の「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の一節に出合う。「仏道をならふといふは自己をならふ也(なり)。自己をならふといふは自己をわするゝなり」。現代語訳は次のようになる。「真理を求めるというのは、自己とは何かを問うことである。自己とは何かを問うというのは、自己を忘れることである。答えを自己のなかに求めないことである」(石井恭二訳)

▼画家はそれまで、自己がなかったら絵を描くことはできないと考えていた。しかし純粋に創作している時、自己は意識されず忘れ去られていることに気が付いた。道元の一節の「仏道」を「画道」と書き換えて、アトリエの壁に貼り付けた

▼画家というのは、上越市出身の富岡惣一郎さんである。変色したり、ひび割れたりしない、白い絵の具「トミオカホワイト」を自ら開発し雪、雲、霧、空、風を自在に表現してみせた。病気のために72歳で亡くなってから、31日で30年となった

▼生誕100年を記念して、一昨年出版された画集「白の軌跡」を久しぶりに開いてみた。画道をひたすら歩み続けた末に行き着いた白色、その奥深さに改めて引き込まれた。

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