70円が80円に値上がりしたのは、2年前だったか。近所の焼き鳥屋の皮や砂肝などの1串の値段だ。夫婦で営む小さな店に時々お邪魔する。感染禍で客足が遠のき、肉や野菜の仕入れ値も上がるばかりだ

▼それでも、煮込みや冷ややっこなどの定番の値札は変わらない。「値上げしないと大変でしょ」。少し失礼なことを聞いた。「お客さんも同じだし…」。店主は言葉をのみ込んだ

▼全国消費者物価指数は4月で32カ月続けて上がった。4年前に比べ、7%以上の値上がりだ。実入りはどうか。物価変動を踏まえた実質賃金は24カ月連続で減っている。財布のひもが締まるのも当たり前だ

▼一方で、上場企業の3月期決算は3年連続の最高益である。物価高が継続することを一般に「インフレ」と言うが「強欲インフレ」という言葉があるそうだ。企業の過剰な利益追求によるインフレというような意味である

▼2021年以降、欧州で物価が暴騰した。その際、実際のコスト増加分以上に値上げしているとして企業側は強欲と批判された。どうやら日本にも広がってきたらしい。一番の問題は値上げによる利潤が多くの人の懐に回らないことだ

▼日本政策投資銀行は3月の調査報告で、賃金上昇を伴わない強欲インフレが続けば、消費が低迷し不景気を招きかねないと警鐘を鳴らした。焼き鳥屋の店主が言いたかったのは「店もお客もお互いさま」という商売の基本だったのか。強欲インフレの風潮へのささやかな抵抗だったかもしれない。

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