今年も本紙の地区版には田植えの記事がたくさん載った。芸能人、スポーツ選手、子供たち…。みんな田んぼの土に足を取られて苦労したようだ

▼田植えは足だけでなく腕も疲れる。一般的な苗箱は縦60センチ、横30センチ。土を入れると重さ6キロほどになる。これを両手に持ち、ビニールハウスから軽トラックに運ぶ。田んぼに着いたら、田植え機に移す。その数は1ヘクタールで200枚。年を重ねるにつれ、重さが骨身に染みるようになった

▼でも、今年は「重いと思っても、つらいとは思うまい」と自らに言い聞かせた。春先に「戦争語彙(ごい)集」という本に出合ったからだ。ウクライナの詩人が戦火から逃れてきた人たちの声に耳を傾け、77の言葉を巡る物語をまとめた

▼「土」の項はこのように始まる。「なにもちろん、種蒔(ま)きはしたさ。当たり前だよ。(中略)家はなくなったけど、種は蒔かなくっちゃ。土だって、さんざん苦しめられたからね」。ウクライナには小麦やトウモロコシの穀倉地帯が広がる。肥えた大地は「土の皇帝」と呼ばれる

▼土の項は、さらに続く。「だって土を耕して種を蒔くことは、人の身体(からだ)を撫(な)でたり髪の毛に櫛(くし)を通してやったりするのと同じだからね」。農作業を美しく描写した文章が頭から離れない

▼ロシアの侵攻から2年4カ月がたとうとしている。停戦の糸口は一向に見えず、プーチン大統領は核使用の可能性すら口にする。日本でもウクライナでも人は土と共に生きてきた。人も土も、もう苦しめてはならない。

朗読日報抄とは?