びっくりしたり、少しあきれたり。世界遺産の富士山を巡る話題が、立て続けにニュースになった。いろんな注目のされ方がある。霊峰はさらに存在感を増すだろうか

▼東京都国立市では通りからの富士山の眺望が損なわれるからと、完成目前のマンションが解体されることになった。10階建ての建物に不備や違法性はない。事業者は住民側の要望を尊重したという

▼コンビニ越しの富士山が撮影できるスポットには訪日客が殺到したため、大きな目隠しの黒幕が張られた。強行軍の登山者らを抑制し混雑を解消する入山規制ゲートも完成した。いかにも無粋だが、当局は苦渋の対応だったのだろう

▼富士山の人気の礎を築いた一人が、十日町市出身の写真家・岡田紅陽だとされる。富士山を「富士子」と呼んで心酔し、生涯で38万枚もの写真を撮った。海外でも展覧会を重ね、富士山を日本の原風景として世に知らしめた

▼作品の一つ「湖畔の春」は千円札の裏の図柄になっている。新渡戸稲造の旧5千円札から引き継がれ、かれこれ40年。7月の新紙幣登場をもってお役御免となる。岡田は晩年「心の富士山はいまだ撮り得ていない」と語ったという。黄泉(よみ)の国で今何を思うか

▼富士山は日本人のアイデンティティーだという人もいるが、新潟には新潟の、心の故郷たる名山が各地にある。妙高山、八海山、飯豊山、米山…。その山容が土地の人には安らぎになり、戒めになり、励ましになる。山滴る季節を迎えた。深い緑に精気をもらう。

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