俳優の八千草薫さんが宝塚歌劇団を志したきっかけは「色」という。物心がついたころから世間は戦争一色だった。大阪の自宅も空襲で失った。インタビューに「きれいな色も、美しい音楽もなく、そういうものに飢えていたんですね」と語っている
▼周囲にはくすんだ色しかなかった。歌劇団の理事長を務めた植田紳爾さんの回想によればカーキ色の服の男があふれ、白衣の傷病兵がアコーディオンを弾く。女も多くは地味なかすりのもんぺ姿だった
▼その植田さんも色に満ちた舞台に引かれて宝塚に入った。ピンク、ブルー、そして純白…。「こんなに白い色ってきれいなんだなという衝撃の記憶がいまだに残っています」(「宝塚百年を越えて」)
▼カラフルな色であふれる宝塚の舞台は見る者を夢の世界にいざなう。五つの組にイメージカラーがあるのも宝塚が色に重きを置く表れだろうか。宝塚を象徴するすみれの花の紫も幅広く使われている
▼長時間の活動やパワハラが問題となった宙(そら)組の色も紫である。一説によれば、紫から連想されるイメージの一つに不安がある。劇団員が上級生におびえながら舞台に立っていたと思うと、寒々とした現実に引き戻されてしまう
▼宝塚は今年、初演から110周年を迎えた。不安の中で迎えた節目の年である。宙組公演が20日宝塚大劇場で再開された。「技術ばかりを先行させると、夢のような宝塚の雰囲気がなくなっていってしまうかも」。泉下の八千草さんの言葉はすみれの園に届くか。