うまくいくと信じ込んでいるときほど、手痛い失敗に遭う。半世紀以上も生きていると、そんな経験が一度や二度ではない。「人は自分たちが望んでいることを大抵勝手に信じてしまう」。古代ローマの軍人で政治家のユリウス・カエサルの格言には耳が痛い

▼これを引用し「人間は見たくないもの、都合の悪いことは見えないものだ」と話したのは畑村洋太郎さんだった。失敗学を提唱した学者だ。2011年の東京電力福島第1原発事故後、政府の調査・検証委員会を取り仕切った

▼翌年の報告書の結びで、畑村さんは事故から得られた教訓を並べた。東電が津波や全電源喪失という事態に十分備えていなかったことについて、都合の悪いことは見えないという人間の心理が影響したとみる

▼それから12年。事故を起こした東電が再び原発を動かそうとしている。柏崎刈羽原発7号機の健全性を確認したという。稲垣武之所長は会見で「原子炉起動の技術的な準備は整った」と語った

▼東電は見るべきリスクとしっかり向き合っているのか。地元住民からは、そんな不安も聞こえる。例えば、原発沖合にある海底断層の規模について、一部専門家の知見を反映せず、対応していないからだ

▼畑村さんは報告書で、こうも指摘した。「あり得ないと思うことも起きる」。福島事故時の津波のように、知見として確立していないことも起き得ると思って備えなければならないと戒めた。教訓を踏まえれば、東電にはまだすべきことがありそうだ。

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