ちょうどこの季節の話だろうか。雨の日に小さな女の子が留守番をしている。電話のベルに驚いたり、暮れていく空に不安になったり。だが、母親が帰宅した途端、花が咲くように笑顔になる

▼絵本「あめのひのおるすばん」は画家いわさきちひろの作品だ。約9000点を手がけた作家生活で、主な題材としたのは子どもたち。カレンダーや本の挿絵で、黒目がちの瞳でほほ笑み遊ぶ姿を目にした人も多いのではないか

▼そんなあどけない様子が、ベトナム戦争下で出版された絵本「戦火のなかの子どもたち」では見られない。少女はうつろな目で亡くなった弟を思う。少年は鉄条網の前でさみしい横顔を見せる。死を前にした赤ちゃんは何も知らずに顔をこわばらせた母親に抱かれている

▼画家はこんな言葉を残した。「平和で、豊かで、美しく、可愛(かわい)いものがほんとうに好きで、そういうものをこわしていこうとする力に限りない憤りを感じます」(河出書房新社「いわさきちひろ」)。幼い命を慈しんだからこそ、それを奪う戦争のむごさを描かずにはいられなかったのだろう

▼絵本から現実に目を転じる。パレスチナ自治区ガザでは死者が3万7千人を超えた。多くの子が空爆や飢えで命を落とし、親を亡くした。ロシアの侵攻を受けたウクライナでは約2000人の子どもが死傷したとされる

▼画家の平和への願いと裏腹に悲しい目をした子どもが増え続けていることがもどかしい。今年はいわさきちひろの死去から50年に当たる。

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