「ココロイタイ」。西欧史を研究する村田奈々子・東洋大教授はギリシャ留学中に、こんな日本語を知る現地の人に幾度となく出会った。この奇妙な言葉はなんだろう
▼ある救出劇がこの一言を残したのではないか。村田さんは随筆でこう想像するのだ。1922年、トルコとギリシャの戦争でエーゲ海の港湾が戦火に包まれる。「スミルナの大火」と呼ばれ、数万人が犠牲になったともいう
▼この惨事で日本の商船が、ギリシャ人ら800人余りを救ったと米国などで報じられた。多くの国が自国民の救出を優先した。そんな中で日本船は絹や磁器など高価な積み荷を投げ捨てて場所を確保し、差別なく避難民を救ったとされる
▼助けた人々に船員が声をかける。「心が痛みます」「心の痛みはいかばかりでしょう」。こうした日本語が口から口へ伝えられ、簡略化されて私の耳に届いたのでは-。村田さんは世紀を超えた心のぬくもりをかみしめるのだ
▼「心痛い」。この国では現代、心のつらさに耐える人が急増している。2022年度の精神疾患による休職は、教員が過去最多で自治体職員も10年間で2倍近くに。子どもの不登校も歯止めがかからない。客の迷惑行為などのカスハラで、心を痛める従業員も相次ぐ
▼7月1日は「こころの日」。精神保健法が施行された日にちなむ。「心の不調を見逃さないで」。日本精神科看護協会は生活習慣の点検や、悩みの相談を勧める。1年の折り返しだ。少しは気を休め、心機一転といこう。