空腹、酷寒、重労働の三重苦を味わい、仲間を失った。シベリア抑留を体験したその人は「名もなき兵士」「無名戦士」との呼び方を嫌ったという

▼糸魚川市出身で、抑留で死亡した約4万6300人分の名簿を11年かけて一人で作り上げた故村山常雄さんである。敗戦で捕虜となり、4年の強制労働を強いられた。帰国後は中学教員になり、名簿作りに着手したのは70歳を過ぎてからだった

▼当初提供された名簿は、現地の担当者が聞き取ったため日本人名としては不自然な表記だった。これを資料と突き合わせ、漢字に直す作業を粘り強く進めた。突き動かしたのは「死者は一人ひとり、ねんごろに固有の名を呼んで弔われるべき」という信念だった

▼名簿は千ページ超に及び、重さは約2キロにもなった。著書に記している。「名を呼び、問いかけ、その声を聴く。そんな真心こめた祈りこそが、真の『弔問』であり『慰霊』となり…」

▼2020年から毎年8月下旬に名簿の朗読イベントが開かれている。遺族や大学生らがオンラインで各地を結び、4日間かけて4万6千の名前を一人ずつリレー形式で読み上げる

▼主催する市民団体「シベリア抑留者支援・記録センター」代表世話人の有光健さんは「実際に名を口にすると、大勢が命を落とした事実がリアリティーを伴って迫ってくる」と語る。村山さんが88歳で亡くなり今年で10年。名簿は色あせるどころか、読み上げられることでますます輝きを放つ。誇るべき、県人の遺産であろう。

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