歌うことも、歩き回ることも、人を愛することも、まだまだ足りない。だから〈今日も生きている/そうして明日も〉。詩人の新川和江さんは詩「生きる理由」でうたっていた。95年の人生で全てやり尽くせただろうか。先週、訃報が届いた

▼戦中派だが朗らかな詩が多かった。生活者目線で物事の核心を突き、恋心や母性愛を真っすぐな言葉にした。代表作「わたしを束ねないで」では精神の自由を伸びやかに表現した

▼茨城県に生まれ17歳で近所に嫁いだ。夫に「何でもしてよい」と言われて創作活動に励んだ。詩人の茨木のり子さんは「環境に恵まれて、ぐうたらな有閑マダムになってしかるべきところ、精神の安住を嫌い本質的な問いを絶えず発し続けてきた」と評した

▼全国で詩作したようで、小出町(現魚沼市)が舞台の作品「雪おろし」もある。〈空よじっくり眺めるがいい/ぼくら地上のいきものたちがどんなにねばり強いかを/押しつぶされても流されても/人は柱を組み家を建てる〉。雪国の哀切を快活な物語に仕立ててくれた

▼作品「骨の隠し場所が…」では、人が一生でどうしても口にしなければならない言葉は二言か三言だとした。〈はやばやと云(い)ってしまふと/生きつづける理由が無くなる〉から、その言葉はどうでもいい言葉に紛れ込ませると、うそぶいた

▼全詩集には、27詩集の780を超える作品が収められている。どうしても言わなければならない言葉が何であったのか。とても探り当てられそうにない。

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