元日の地震で被災した能登半島を目指したのは9月前半だった。行く道のあちらこちらでメッセージに出合った。「頑張ろう北陸」の合言葉があり、手書きの「応援し続けます」もある
▼「頑張ろう能登半島 海も心もつながっている」の旗は、東日本大震災の被災地である気仙沼から届いたものだった。能登にはまだまだ切ない光景があった。玄関に「危険」の紙を貼られた家々がある。大きな旅館の建物は海側へ傾いていた。近くのホテルの壁はひび割れていた
▼石川県の和倉温泉は、21軒のうち3軒しか営業を再開できていない。被災した建物の解体に数カ月、地盤を整えるのに1年半かかるとの見通しを聞いた。その忍耐の期間に、前向きな復興計画を練り上げるのだという
▼「大人が下を向いていてはいかん」と奮起した43歳の男性に会った。「なんも楽しいことがない」と子どもたちが話すのを聞いてしまったのだ。だからこの夏、被災した富来(とぎ)という地区で伝統ある祭礼を諦めることなくやり遂げた
▼子どもたちは祭りの掛け声をまね、祭りごっこをするようになった。男性は、能登魂と呼ばれる心意気を次の世代に伝えたいと話してくれた。それは下を向かず、負けまいとする心だという
▼その気概に頭が下がる。しかし立ち上がろうとする能登を今度は豪雨が襲った。あまりに非情だ。思えば本県も、7・13水害の苦しみの中で中越地震に見舞われた経験がある。20年前だ。いま、北陸の仲間のためにできることを探りたい。
