演出家の久世光彦さんはエッセーに、なりたかった職業の一つは本の装丁家だと書いた。「昔読んで好きだった本の表紙は、たいてい憶(おぼ)えているものだ。中身は忘れてしまっていても、装丁だけは思い出せるということもあるし…」(「ひと恋しくて」)

▼表紙のデザインに引かれて本を手に取ることがある。表紙はいわば本の顔だ。内容を端的にイメージさせるものがあり、内容とは全く関係なくても妙に気になるデザインのものもあり。時には売れ行きを左右することもあるだろう

▼一方、こんなせりふも知られている。「本の表紙だけ変えても、中身が変わらなければだめだ」。発言の主は元自民党衆院議員で官房長官や外相などを歴任した伊東正義さん。1989年にリクルート事件で竹下登首相が辞意を表明した際は党総務会長を務めていた

▼後継として名前が挙がったが、会津生まれの硬骨漢は頑として首を縦に振らなかった。前述の発言は金権主義がはびこる政界の改革を棚上げし、首相の首をすげ替えてごまかそうとの風潮を戒めたものだった

▼自民党という本の表紙が変わった。新たな顔は石破茂さんである。首相に就くことも確実だ。時に公然と政権を批判し「党内野党」と言われることもあった。過去の総裁選では苦杯をなめ続けた

▼では中身はどうか。派閥の多くは表向き解散を決めたが候補者は有力者の顔色をうかがい、裏金事件の真相究明にも後ろ向きだった。総裁選を見る限り、相変わらずと言わざるを得ない。

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