「寅(とら)ちゃん」が聞いたら、どんな顔をしただろう。新潟家裁の所長を務めた三淵嘉子さんがモデルで、先月まで放送されたNHK連続テレビ小説「虎に翼」の主人公「佐田寅(とも)子」のことを思い出した。裁判官が関わった不正の疑惑が報じられたからだ
▼金融庁に出向中の裁判官が職務で知った企業情報を基にしたインサイダー取引を繰り返し、利益を得ていた疑いがある。証券取引等監視委員会が金融商品取引法違反容疑で強制捜査に乗り出した
▼一般投資家に届いていない内部情報に基づくインサイダー取引は市場の公平性を著しく損ねる行為とされる。社会の公正をつかさどる裁判官が、証券行政の要である金融庁への出向中に不正な取引に手を染めたとすれば、あまりに悪質だ
▼物の軽重やバランスを測る天秤(てんびん)は、法曹界では公平や公正を象徴する存在とされる。弁護士が身につけるバッジはヒマワリの花の中央に天秤をあしらったデザインだ。最高裁判所の大ホールにある女神像は左手に天秤を、右手に正邪を断じる剣を持っている
▼司法に関わる人々は、誰もが心の中に天秤を携えているのだろう。しかし、くだんの裁判官の天秤は機能に狂いが生じていたか。それとも、そんなものは最初から持っていなかったのか
▼ドラマで描かれた寅ちゃんは、司法に関わる誇りと責任を心に刻み、公正を追求する天秤を常に手にしているような法律家だった。今回の不祥事を耳にしたなら、口癖の「はて?」だけでは、とても済みそうにない。