日本の原風景をほのぼのと描いた画家の原田泰治さんが、2005年に制作した一枚がある。芽吹きの季節。かやぶき屋根の家の前には錦鯉が泳ぐ池。その端で荷物を背負うおじいさんとゼンマイをもむおばあさん。「山古志の春」と題名が付く

▼家は山古志村(現長岡市)木籠(こごも)集落に実在した。絵の中の2人はこの家の浅染伊吉さんとモヨさん夫婦だろう。「おらとこだ」。絵を見た伊吉さんは誇らしげだったという。失われた営みが脳裏によみがえっただろうか

▼木籠は前年の中越地震で下流の川がせき止められ、水没した。絵は復興を願う原田さんが被災前の写真を基に描いた。帰村を希望した浅染さん夫妻は3年後、木籠の高台にできた戸建ての復興住宅に入居した。田んぼも養鯉池もなくなったが、残った畑に通うのを楽しみに暮らした

▼「もし山を下りていたらもっと早く亡くなっていたでしょう。幸せな生涯だったと思う」。長男の幸男さん(72)は支援への感謝を込めて話す。伊吉さんは19年、モヨさんは翌年、永眠した。97歳と93歳だった

▼モヨさんは晩年、大腿(だいたい)骨を折って入院した。「ものすごくリハビリを頑張っていた。山に帰ることが心の支えだったのかな」と幸男さん。同居を見込んで平場に家を建てていたが、両親は山の暮らしを優先した

▼幸男さんが口にした「幸せな生涯」という言葉にほっとする。地震には遭ったが、つらいことだけじゃなかった-。そう思えるようになった人が一人でも多ければいいのだが。

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