売り手と買い手、さらに世間も得をするという「三方よし」は、近江商人が広げたビジネスの理想とされる。現実には、取引の双方に利益がある「ウィンウィン」もなかなか難しい

▼9月の新米価格が31年ぶりの高値を付けた。前年比48%の大幅上昇は農家にとって朗報だろう。米どころの県人としては歓迎したいが、一消費者としては切なくもある。立場が変われば受け止めも変わる

▼衆院選の論点の一つになった賃金の引き上げにも、似た構図がある。各党はおおむね時給1500円の最低賃金を指標に掲げた。賃上げは切実な願いだが、原材料費の高騰や大手企業との交渉に四苦八苦する町の工場や商店の経営者の顔も目に浮かぶ

▼経済同友会の新浪剛史代表幹事は最賃1500円について「払えない経営者は失格だ」と記者会見で発言。企業淘汰(とうた)にも言及した。大企業側に下請け企業などへの後押しも促したとはいえ、いささか乱暴に過ぎないか

▼多少無理筋でも、思い切った覚悟がなければ現状はいつまでたっても変わらない。そんな思惑でハッパをかけたのかもしれないが「公約通り賃上げできる環境をつくれなければ政治家は失格だ」とでも言ってくれたら、大いに共感できた

▼「裏金問題」への怒りは、時給10円、20円の違いにも神経を注ぐ感覚とあまりにかけ離れた放漫体質に向けられたものである。選良はそれを忘れず、中小零細企業に目配りした「三方よし」の賃上げへ、道筋を示してほしい。選挙の後が問われている。

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