ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮の相次ぐミサイル発射などで、これまで以上に緊張が高まっていることは確かだ。

 そうした情勢に押されて「保有ありき」の議論が加速すれば、専守防衛の原則が揺らぎかねない。前のめりな議論は避けたい。

 政府の外交・安全保障政策の長期指針である「国家安全保障戦略」など3文書の改定に向け、自民党安保調査会は、弾道ミサイルの発射拠点などを直接攻撃する「敵基地攻撃能力」の保有と名称変更を明記した提言原案をまとめた。

 近く最終決定し、4月下旬に岸田文雄首相に提出する予定だ。

 議論の焦点となったのは敵基地攻撃能力の名称変更だ。

 政府は敵基地攻撃能力を相手領域内でミサイルを阻止するものとし、先制攻撃と区別しているが、調査会では先制攻撃と混同されかねないとの指摘が相次いだ。

 調査会では「自衛反撃能力」「ミサイル反撃力」などが提起された。「反撃」の文言で先制攻撃ではないと強調する狙いだろう。提言原案は「○○能力」との表記にとどめ、具体名は付けなかった。

 だが看板を変えたところで内実は変わらない。相手領域内での攻撃は、武力攻撃を受けて初めて防衛力を行使するとした専守防衛の原則を逸脱する恐れがあると以前から指摘されている。

 気になるのは、攻撃対象を相手国のミサイル基地に限定せず、指揮統制機能も含むとしたことだ。

 ミサイル技術の進化が理由だが、これでは攻撃対象や手段がなし崩し的に広がる懸念が強まる。

 歴代政権は、敵基地攻撃能力の提言に対し、保有は可能としつつも政策判断として保有せず、米軍の打撃力に頼る立場を維持した。

 岸田首相はミサイル防衛体制を含め「あらゆる選択肢を排除せず検討する」としている。今後の言動に目を凝らしたい。

 提言原案にはほかにも注視すべき内容がある。防衛費を巡っては国内総生産(GDP)比1%以内が目安とされてきたが、5年をめどに2%以上へ増額することを要求。武器輸出のルールを定める「防衛装備移転三原則」についても見直すことを盛り込んだ。

 調査会で、敵基地攻撃能力にとどまらず、専守防衛についても解釈や文言を変えるべきだとの声が出されたことも気掛かりだ。

 専守防衛は日本の防衛戦略の基軸となる原則で、憲法9条に基づく。それを変えるというのは国の根幹を揺るがすに等しい。

 国会では与党の公明党が安保戦略改定に向け議論を始めたが、敵基地攻撃能力には慎重な姿勢だ。

 一方、野党では日本維新の会や国民民主党が能力保有に前向きな考えで、状況は複雑だ。

 国会は専守防衛の原則をしっかりと胸に刻み、国民の安全を守る方策を探ってもらいたい。