「日本人が憧れる典型ってものを身をもって表現し続けた俳優じゃないですか」。映画監督の山田洋次さんが、その人を語っていた。アウトローなのに謙虚。わが身を捨てて信義を貫く。そんな役柄が多かった。俳優の高倉健さんが亡くなり10日で10年になる
▼生涯205本の映画に出た。ほとんどが法を犯す役だったにもかかわらず、口にしたせりふは上位から「すみません」「お願いします」「ありがとう」だったという
▼没後に刊行された人物伝などが人柄の解像度を上げた。劇中では「寡黙で不器用」が代名詞だったが、吉永小百合さんにもエキストラにも同じ態度で接するなど裏表がなく、スタッフや共演者に慕われた
▼役者としての心得を語っている。「大声で訴えかけなくても気がこもっていれば伝わる。話す内容より吐く息の音が大切ってことがある」。面をかぶっても、悩みや悲しみの深さを表現できる能の型も意識していたという
▼代表作の「幸福の黄色いハンカチ」「冬の華」の印象的なラストや、遺作となった「あなたへ」で海に散骨するシーンなど、ここぞの場面でせりふがない作品は多かった。そんな姿に感化された人は少なくないだろうが、当然ながら誰もが健さんになれるわけではなかった
▼近頃は時間節約のため映画の動画を倍速で視聴する人もいるという。それでは高倉健的な魅力は台無しだ。カッコよさはまねできなくても、健さんがこだわった「気」をくみ取れるような気持ちの余白は失いたくない。
