自動車もバイクも自転車すらない江戸時代である。そんな社会に道路交通法があったと言ったら言い過ぎか。罰則付き交通ルールだ。将軍徳川吉宗は1742年、幕府の基本法典である公事方御定書を作成させた

▼その中に大八車で人を死なせると死罪という規定がある。けがをさせただけでも厳罰が下った。大八車を2人で引いて事故を起こした場合、けが人側にいた引き手は島流し。反対側の引き手は江戸などから追放された。さらに荷主や引き手の家主も罰金である(笛吹明生「大江戸とんでも法律集」)

▼荷車の事故については「往来の人をよけ申さずわがままに引き通り候」と書かれた記録も残っている。周囲に注意を払わず、自分勝手な振る舞いが事故の原因になったと言いたかったようだ

▼今月、改正道路交通法が施行された。自転車走行中の携帯電話使用、いわゆる「ながら運転」と酒気帯び運転に対し、懲役と罰金の罰則が新たに設けられた。ながら運転の事故は2022年までの5年間、それ以前の5年間より5割も増えた

▼ながら運転での死亡・重傷者の7割以上が30歳未満という。動画や交流サイト(SNS)など画面を見詰めながらの運転は、自分も他人も傷つける恐れが大きい

▼酒気帯び運転では、当人だけでなく酒の提供者や同乗者にも罰則がある。大八車の荷主や家主を思い浮かべる。自転車は環境にも健康にもいい乗り物だ。江戸時代の記録にある「わがまま」に陥らぬよう戒めながら、ペダルを踏みたい。

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