今月、文化勲章を受章したちばてつやさんは、本来なら故手塚治虫さんが「受けるべきだった」と述べた。漫画界では初の受章で「文化の一つに加えられたことを喜んでいるだろう」と手塚さんへの敬意を口にした。両氏とも、創作の原点は戦争体験にある
▼ちばさんは父の仕事のため旧満州に渡った。終戦後、ソ連兵から身を隠しつつの逃避行では次々に人が死んだ。奇跡的に日本に戻ると、手足は割り箸のように細くなっていた
▼その様子は「あしたのジョー」でボクサーの力石徹が死に至る減量に取り組む姿の下敷きになったという。スポーツを題材にした作品群のほか、反戦を訴える物語も数多く手がけた
▼「紫電改のタカ」は多くの戦功を挙げた戦闘機乗りが主人公。戦争に疑問を抱くようになるが、特攻隊員として飛び立っていく。同じ頃、何も知らない母と幼なじみの少女が面会に訪れようと笑顔で駅に降り立った。そんな場面で物語は終わる
▼唐突にも思えるラストに、衝撃を受けた読者は多かったようだ。ちばさんは博物学者の荒俣宏さんとの対談で、1965年の連載終了後に読者から「忘れられない」という反応があったと振り返った。荒俣さんは、この作品で「痛みや苦悩を知る人間になった」と話している
▼読み手の心を耕し、豊かにする。多くのことを教えてくれる。漫画が持つ力を、今では誰もが知るようになった。世界に評価される文化へと成長を遂げた。そんなことを思いながら、改めてページを繰りたい。