「早く免許を返すよう伝えてください」。ここ数日、この言葉を反すうしている。東京・池袋の乗用車暴走事故で実刑判決を受けた、飯塚幸三受刑者が語った

▼収容先の刑務所を訪れた事故遺族から、世の高齢者や家族に伝えたいことを問われて答えた。飯塚受刑者が収容されたまま93歳で死亡したと報じられて以来、冒頭の言葉の重みをかみしめている

▼事故では当時87歳だった飯塚受刑者の車が暴走した。横断歩道を歩いていた母子がはねられ命を落とし、9人が重軽傷を負った。飯塚受刑者はアクセルとブレーキを踏み間違えたとして、過失致死傷罪に問われた

▼旧通産省の研究機関でトップを務めた飯塚受刑者は事故がなければ平穏な晩年を送っていただろう。しかし社会から厳しく糾弾され、刑に服して自由を奪われた。巨額の賠償責任も負った。訃報を聞いた遺族は「人の命を故意なく奪い、家族にみとられることなく刑務所で亡くなり、無念だったと思う」と語った

▼改めて思う。交通事故は被害者と加害者の双方を不幸にする。高齢者は免許の返納を考えるべきだ。一方で本県などの地方では、自家用車なしでも不自由なく生活できるのは都市部などの限られた人だけだろう。二の足を踏まずに免許を返納する人は少ないのではないか

▼くだんの事故は高齢者の免許返納の大切さを痛感させた。けれど、車を運転しなくても暮らせる社会づくりは進んでいない。待ったなしという時期すら、とうに過ぎている。知恵を絞らねば。

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