「ひょっとしてご出身はあの辺ですか?」。名字から出身地を推測するのは、名刺交換の席でしばしば繰り広げられる光景だ。特定の地域に多かったり固有だったりする名字がある。初対面では会話の糸口になる

▼佐渡を訪れると、県内では珍しい名字によく出合う。世界遺産に登録された佐渡金山は17世紀、伝統的な手工業にもかかわらず質量ともに世界最高水準の産出を誇った。金山がある相川地区では最盛期は5万人が暮らし、各地からその道の専門家が入ってきた

▼鉱山技術者はもちろん、漁師なども移り住んだ。人口増による食料不足に対応するため、奉行が漁業先進地の島根県石見(いわみ)地方から呼び寄せた。彼らが住んだ姫津集落には石見姓が多い。多彩な名字は交流の歴史でもある

▼南の玄関口、小木も他地域との関わりが深い。1614年に港が開かれ、金銀の積み出しや北前船の寄港地として繁栄した。「奥州屋」「丸亀屋」など地名を名乗る屋号が50以上あり、その地域とのゆかりが深かった。屋号は今も半数ほどが残る

▼町には問屋や番所が並び、貸座敷や旅館が軒を連ねた。風待ちの船乗りでにぎわった町並みはこの夏、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された

▼1802年の小木地震では地盤が隆起し、港の機能を失ったが、多くの家は数年で復旧した。道を広げ、三味線のような形の堀を造って船着き場にした。町を歩くと、その名残が感じられる。何げない風景や事柄に奥深い歴史が詰まっているのが佐渡だ。

朗読日報抄とは?