ロシアによるウクライナ侵攻と、子どもを含む住民の大量虐殺が強く非難されるのは当然だ。だが、ロシア人に嫌がらせをしたり、ロシア語を排斥したりすることは断じて許されない。
ロシア国内にも侵攻に反対する人がいる。日本で抗議デモに参加するロシア人もいる。特定の国に対する抗議と、その国民を差別することは筋が違う。絶対に混同してはいけない。
東京のJR恵比寿駅が、ロシア語表記による案内表示を紙で覆い隠した(写真)。「不快だ」という一部乗客の苦情を受けた対応だが、批判が相次いだため、駅は表示を元に戻した。
表示は地名と方向を示す内容でロシア支持を意味するとは到底思えない。隠す理由が分からない。
駅は外国人の利用も多く、公共性が高い。民族差別を助長するかのような動きは厳に慎むべきだ。
滋賀県内のある旅館は、ロシア人らの宿泊を拒否するとホームページに一時記載し、旅館業法に抵触する恐れがあるとして県の行政指導を受けた。
旅館業法は宿泊拒否を原則禁止している。「侵攻を止めたいとの思いだった」と旅館は釈明し、記載を削除した。ウクライナを思う気持ちは理解できるが、誤った手法であるに違いない。
日本で暮らすロシア人の中には「国に帰れ」などと誹謗(ひぼう)中傷を受けた人がいる。ロシア料理店の営業を妨害するインターネットの書き込みもある。
そうした行為は、ヘイトクライム(憎悪犯罪)と言わざるを得ない。放置すれば、暴力事件にエスカレートすることさえ危惧される。多様性を無視した差別や偏見は明らかな人権侵害だ。
国と自治体はヘイトスピーチ解消法に基づき、相談体制を整備し、教育や啓発などの取り組みを進める必要がある。そのためにはヘイトの実態調査、条例制定なども求められる。
日本国憲法や、あらゆる人種差別撤廃に関する国際条約の精神に鑑み、国には不当な差別的言動をなくす責務があるからだ。
判断が難しいケースもある。例えば、ロシアの作曲家チャイコフスキーの大序曲「1812年」が全国の演奏会で敬遠されている。ロシアの戦争勝利をたたえた曲というのがその理由だ。
ただ、中には「ロシアの音楽を否定することはない」として、同じチャイコフスキーの「くるみ割り人形」に差し替えた公演がある。差別や排除の風潮を広げないための選択だろう。
第2次世界大戦中には日本人も、米国で理不尽な扱いを受けたことがある。日系米国人は「敵性外国人」と見なされ、約12万人が強制収容所に隔離された。
新型ウイルスの流行以降、米国ではアジア系住民への暴行が増え昨年5月に憎悪犯罪対策法が成立した。人種差別を許さない米国の姿勢を明確に打ち出している。
私たちも国籍や人種、言語など特定の属性を基にした嫌がらせには敏感でありたい。意識を高く持てば、周囲に差別を止めさせることだってできるはずだ。

