物事には往々にして表と裏が存在する。益と害が表裏一体の関係であることもある。この季節、湯に漬かる気持ちよさは格別だ。とろけそうな心持ちでうとうとし、意識が遠のくことがある
▼顔が水面に届きそうになり、はっとわれに返る。そんな経験をした方もいるのでは。心身をほぐす極上の時間は、一歩間違えば命取りになりかねない。とりわけ冬場は入浴中の事故が増えるという
▼今月、俳優で歌手の中山美穂さんが亡くなったのは「入浴中に起きた不慮の事故」が原因だったと所属事務所が発表した。まだ50代前半だった。突然の旅立ちに多くの人が驚き、嘆き悲しんだ。ご自身もさぞかし無念だろう
▼私事だが、祖父も風呂で命を落とした。風呂が好きで日ごろから長湯だった。それにしても長すぎる…と、家族が様子を見に行くと浴槽内で意識を失っていた。長年の楽しみが暗転し、命を縮めることになった。本人の風呂好きをよく知っていただけに、何ともやりきれない
▼厚生労働省の2021年の人口動態調査によると、家の浴槽で溺れるなどして亡くなった高齢者は4750人で、交通事故による死者2150人の倍以上だった。冬になると急激な寒暖差で健康被害が起きるヒートショックの危険が高まる
▼心と体のこわばりをほぐしてくれる風呂には、思わぬ危険を招く裏側がある。その益と害を知れば、ある程度の対策も取りようがあるはずだ。十分に用心しつつ、今夜もたっぷりの湯に漬かるありがたさを感じたい。