警察関係者には少し気の毒な気がした。こんなにずさんな捜査をしているのかと、決めつけられてしまわないか。県内でも公開中の映画「正体」を見ての感想だ

▼映画は殺人の罪で死刑判決を受けた主人公が逃亡し、各地に潜伏しながら、ある目的を遂げようとする筋書きだ。ところが有罪判決に至る捜査や取り調べの描写にリアリティーがないのだ

▼もっと厳格で緻密な証拠調べがあるはずだと突っ込みたくなる。警視庁の上役も職業倫理に乏しく、ひどい描かれようだ。人気俳優の横浜流星さんを中心に据えたエンターテインメントだと分かってはいるのだが…

▼こうした作風は、昨今の社会の雰囲気を反映しているとも言える。今年、死刑判決の確定から44年を経た袴田巌さんに、再審で無罪が言い渡された。福井市の女子中学生殺害事件では、服役を終えた男性の再審が決まった。無罪となる公算が大きい。不当な捜査がフィクションだとは言い切れない現実を見る

▼捜査への懐疑心を膨らませるドキュメンタリーの公開も相次いだ。死刑執行後も再審請求が続く飯塚事件を描いた「正義の行方」、和歌山毒物カレー事件の状況証拠の脆弱(ぜいじゃく)さを問いかける「マミー」。ともに迫真性があった

▼古い知り合いの警察官を思い浮かべてみる。事件の解決に身をすり減らす、愚直で人間味のある人が多かった。そうした姿を知るからこそ憂う。刑事司法への信頼が揺らいでしまっているのは社会の不幸である。結果、ほくそ笑むのは誰なのか。

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