〈降る雪や明治は遠くなりにけり〉。中村草田男のこの句は戦後、流行語のようになった。辛苦の時代を経て、この国の来し方を感慨深く振り返る人が多かったのだろう
▼実際には戦前、1931(昭和6)年の作である。30歳の草田男はふと思い立ち、かつて通った小学校を訪れる。降りしきる雪の中、明治の頃の自分と同様に和服姿の子どもの姿が見られるものと思い込んだが、実際に現れたのは洋服姿の子だった。そんな情景を詠んだという
▼この句は「明治は遠くなりにけり」のフレーズが有名になりすぎた。草田男は、季語を含む「降る雪や」の部分が軽んじられたと感じたようで面白くなかったようだ。「明治は-」だけを特に扱うなら「文芸としての本質はほとんど失われてしまう」と述べている
▼ただ草田男には申し訳ないが、さして俳句の素養のないわが身にはくだんのフレーズがとりわけ印象に残るのも確かだ。そして、近頃は「明治」を「昭和」に置き換えてみたくなる人もいるのではないか
▼あすになれば「昭和100年」に当たる年の訪れである。大戦争も高度成長も共に経験したあの時代は、もう30年以上前に幕を下ろした。この1年を振り返れば良くも悪くも昭和は遠くなったことを実感する
▼今は変革のただ中にある。世の中が変わる速度も増した。あの頃は…などと、ノスタルジーに浸ってばかりはいられない。草田男のように、とはいかなくても、降る雪の中で過日を振り返りつつ、新年を展望してみる。