「戦後80年」こそ2025年のキーワードだと思っていた。それだけに1日付の本紙で作曲家の久石譲さんが「もう戦後ではなくて『戦前』だと感じます」と語っていたのを読み胸を突かれた

▼ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの戦闘…。「次の大きな戦争がすぐそこまで来ているのではないか」と心配しているという。「となりのトトロ」などの映画で、ぬくもりのあるメロディーを作りながら、世界と未来を見つめる目は冷徹だ

▼久石さんは今年、全編を「しっかり通して聴きたい曲」として、バッハの「マタイ受難曲」を挙げた。「聴くたびに心が洗われ、人間の小ささを思い知る」と語る。マタイはキリスト十二使徒の一人で、キリストの生涯と言行を記録した福音書を著した。受難曲はそれを題材に作られ、独唱と合唱、管弦楽から成る。300年ほど前に初演され、バッハの最高傑作といわれる

▼CDを手に取って驚いた。3枚組みで演奏時間は3時間を優に超える。ドイツ語の歌詞の意味は分からない。キリストが捕らわれ、十字架にかけられるまでの経緯はうろ覚えだ。とにかく通して聴いてみた

▼厳かな旋律に背筋が伸びる思いがした。久石さんは、音楽は戦争を止めることはできないと話す一方で「(平和のために)できることがある」とも述べた

▼今日も世界のどこかで罪もない人が血を流しているかもしれない。どうしたら戦争を止められるのか、考え続けなければならない。戦後を戦前にしないために。

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